ばうんすのひとりごと。

文章力を鍛えるための自己満足ブログ

札幌の片田舎で“まちづくり”を考える⑤

町内会・商店街ともに高齢化でこの先が不安ということを書きなぐってきていて、実際に今のままで何がいけないの?ということなのだけど

 

単純に、そんな高齢者のまちなんて僕自身が面白くないから!

だって、こちとらまだピチピチの30代前半なわけ。

 

面白いまちにしたい!

一歩外に出たら福祉施設や葬儀屋しかなくて、オシャレなお店は一軒もない。

やってる行事って言ったら転倒予防体操とかさ認知症講座とかさ、そんなまち面白い?

子ども達が将来このまちで住んでいける?

 

だから、自分で仕掛けていくしかないわけだけど…。

こんな風にアレンジしたらどうっすかーって提案しても「今までこれで長年やってきたわけだから」って。

こんな新しい企画どうっすかーって持っていっても「大変だからこれ以上は増やすな」って。

みんな腰が重たい。

 

いやいや、若い人も取り込んでいかないと続かないっすよって言って若い人をターゲットに絞った企画をしようもんなら「高齢者は置いてけぼりかい」って。

散々っぱら、高齢者向けのコンテンツやってきたじゃない!

むしろ、置いてけぼりにされてるのは若い人の方だ!

足を引っ張るんじゃねー!

と、ひとり叫んでも虚しいだけなので、仲間を集めることが大事だと最近気づいた。

 

古くからいる人が横のつながりを大事にしながら一生懸命頑張っているまちなので、それはそれでいいことだけど、“よそもの”に対して少し冷たい部分もあって。

若い人、よそから越してきた人にだって、それぞれこのまちへの想いはあるはずで、何かしようって思っていても風当りが強くて潰されるっていうのは嫌だから、そういう人同士が手を取り合って立ち向かわなくてはいけないんだ!

と、まるでRPGのような正義感みたいなもんが沸きあがってきているんだけど、別に今の人達は敵でもなんでもなくて、とってもいい人ばかりです。はい。

 

若手ネットワーク 

そもそも若い人って、自分のまちに興味なんてないのかなーって思ったりもしてたんだけど、数年前から何人かに話を聞くと「興味はあるし何かしたいけど、どう関わったらいいかわからない」ということらしい。

想いはあるのにもったいないなと思ったので、若手を繋ぐ飲み会を企画したことがあったんだけど、スケジュールの調整ですぐにつまづいた。

みんな忙しい上に、業種が違うとなお予定があわない。

高齢者ばかりの集まりなら、割といつでも人集まるのに。

こんな初歩的な壁があった。

 

何はともあれ、2回ほど開催して顔見知りを増やすことには成功した。

あとは、規模が小さくてもいいから何かプロジェクトを立ち上げて実際に動くことができればいいのだが。

札幌の片田舎で“まちづくり”を考える④

地域にとって町内会と双璧をなす大きな存在なのが商店街。

 

わがまちの商店街はいわゆるアーケードであったり○○銀座みたいにお店が軒を連ねてって感じでは全くない。

小さなお店がまばらにポツンポツン。

一昔前はそれはもう栄えていたそうだけれど、今はその面影は全くない。

 

商店街の中心人物は70代以上の方がほとんど。

商売は息子の代に引き継いで、組合活動はおとっつぁん達が続けているってお店も。 

 

商店街も後継者育っていない問題

このまちで生まれ育って、このまちで商売している2代目や3代目の若手(と言っても50代や60代のことだが)が商店街で活躍していないことに僕は疑問を感じるし、この先に不安を覚える。

本来、僕みたいな“よそもの”じゃなく、このまちで生まれ育った人間が地域を盛り上げていくべきだろうって思っているのだが。

 

2代目・3代目の人達は、地域に全く興味がないわけではないようで、既存のものとは別の組織を立ち上げ活動している。

それぞれが盛り上がっているのなら、わざわざ苦言を呈す必要はないのだが、どちらも行き詰っている感が否めない。

なんで一緒にやらないんだ。

 

その原因は、おとっつぁん達が「うちのバカ息子は…」と見下しているからなのか、自分の座を奪われるのを嫌ってか。

はたまた、親父達の敷いたレールなんかにゃ乗りたくねー!って尾崎豊イズムなのか、本当にバカ息子なのか。

 

こんなちっぽけなまちで二分化してどうすんだ、と。

 

新しい風

昨年くらいから理事に若手(30代後半)が入り、若いオーナーのお店も少しずつ増えてきた。

それぞれ商売でいっぱいいっぱいで関わってくれないのかもしれないが、商店街としてはこの新しい風が吹いている状況を好機として感じなくてはもったいない。

 

今度、市商連の青年部の集まりがある。

昨年からうちの商店街も顔を出すようになったそうなのだが、人数が足りなくてボウリング大会のチームが作れないからという理由で、組合に加入しているわけではないが僕も助っ人として参加した。

ボウリングのスコアは散々たるもので、助っ人でも何でもなくただ足を引っ張っただけなのだが。

今年も声がかかったので「安易に僕を呼べば人数が足りるという考えなら断ります。組合の若手から出すのが筋でしょう」と一度は断ったのだが、ついさっき「やっぱり来てー」と頼まれた。

おいおい、と思いながらも去年より1チーム増やせそうとのことだったので、良しとすることにした。

 

どうすれば、この若手達に火を点けられるか。

僕は部外者ではあるが、焚きつけてやろう。

札幌の片田舎で“まちづくり”を考える③

どんどん高齢化

僕のまちは老年人口(65歳以上)の割合が35%を超え、平均年齢は51.6歳という札幌市内でも5本の指に入るくらい高齢化率の高いエリア。

恋愛ドラマや少女マンガでよくある「三角関係」だと、ひとりは爺さんか婆さん…って状況か。

福祉関係の施設はドンドン建つし、最近では室内墓園や斎場まで建っちゃって、終末のショッピングモールか!つって。

 

それを逆手にとって「高齢者の住みよい“まち”」なんて言ってて、耳当たりのいいそのポジティブな思考はいいんだけど、実際この先どうなるの?って不安の方が大きい。

町内会活動にしても、まちづくりにしても、企画運営する役員が高齢者なわけだから、その人たちが考える 住みよい“まち”=『高齢者にとって』 住みよい“まち”なわけで。

若い方の僕としては複雑。

 

高齢者の高齢者による高齢者のためのまちづくり

たとえば、町内会の親睦を深めましょうってイベントを企画したとして、よくあるのが日帰り温泉旅行だったりパークゴルフ大会だったり。

たとえば、閉校する小学校の跡地利用を考えましょうってなると、やれシニア大学だ、やれ麻雀サロンだ、ってそんなのばっかり。

「俺のまわりの人はみんないいって言ってるよ」って、そらそうでしょうよ。

あなたのまわりには高齢者しかいないんだから。

 

確かにニーズはあるに決まってるし、悪い事ではない。

町内会活動に現在参加している人のほとんどが高齢者が多いと思うし、活発にやっていくべきだとは思う。

 

ただ、そうは言っても。

本人たちさえ良ければいいやって考えだと、この先続いていかないんじゃないの?っていう危惧。

どうせ若い人参加しないから、つって高齢者ファーストの町内会になると、より一層若い人は参加しない。

若い人が参加しないから、より一層高齢者ファーストの活動ばっかり続けて…っていうループはもうすでに始まっているわけで。

で、ある時に「若い人がいない、後継者がいない、誰がやるんだ…」ってことに気付く。

もう時すでに遅しってやつ。

 

若い人に目を向ける

そうならないように、少しは若い人に目を向けないといけないんじゃないですかーって話。

若い人が参加しやすい・興味の持ちやすいコンテンツを考えることが一番なんだけど、そもそもそれを考えることが難しい。

なにせ、考える人が若い人じゃないから。

 

じゃあ、どうすりゃいいんだ!って?

 

それがわかってりゃ苦労しねーわー。

って、無責任な話なんだけど。

 

とりあえず、子ども向けのコンテンツを考えてみたらどうっすか。

少なからず、親ついてくるでしょ。

で、親に話聞いてみるでしょ。

なんか見つかるかもしれないでしょ。

子どものためならって親は多少なりともいると思うんだけどなー。

 

まずは接点作るところから始めてみましょうよ。

準備や運営が大変だからって七夕や盆踊りみたいな「お祭り」的な行事を辞めてしまう町内会が多いので、それはすごくもったいない。

いや、確かに大変なのは大変で、すごくもどかしい。

札幌の片田舎で“まちづくり”を考える②

地域コミュニティーと聞いて真っ先に浮かぶのが「町内会」

地域の核となる組織だが、ほぼ死に体になってるのが現状では?

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マチトモ Navi - SAPP_RO町内会・自治会検索サイト

 

町内会の抱える課題

僕のまちの町内会は約30あって、ほとんどの町内会長が「辞めたいけど後任がいない」とぼやいている。

役員のなり手不足はここ最近ずっと課題になっているが、これといった解決策はないまま、ズルズルと会長を続けている人が多い。

 

役員のなり手がいないから、数ある役職を町内会長が兼任するパターンも多い。

あれもこれもやらなくてはいけないのに、高齢になっていくもんだから更にしんどい。

そんなにしんどいなら引き受けたくないと拒否されてしまう。

後任がいないもんだから、どんどん高齢になっていき活動が衰退する。

 

ずぶずぶと負の連鎖にはまっている。

 

輪番制の落とし穴

会則で町内会役員を1期1年とか1期2年で輪番制にしている町内会もある。

たしかに、このやり方だと必ず誰かがやることになるので後任がいなくて辞められないということにはならない。

 

しかし、これが町内会活動にとってプラスになるとは限らない。

なぜなら、その人は「仕方なく」「嫌々」引き受けた人かもしれない。

たかが1年で町内会が抱える課題を把握して、改善していく…というのは難しい。

慣れた頃には任期終了。

既存の活動を無難にこなす程度しかできない。

また、数年ごとに役職がまわってくることを嫌がり、町内会の加入自体を拒む方もいるとか。

 

成功例から考える

役員交代がうまくいっている町内会もあるにはある。

役員のなり手が充実している町内会はいろんな活動を積極的に行っている印象を受ける。

活発に活動し、住民と町内会との接点を増やすことで、声をかけやすい雰囲気づくりをしているのだと思う。

そうしておいて「ちょっとこれだけやってもらえるかい?」と頼む。

「まぁ、これくらいならやってもいいよ」という人が増えれば、ひとりひとりの負担は軽く全体の活動は活発に。

活発に活動するから、なり手も見つけやすい。

それがうまくループすれば、役員のなり手不足も解消できそうなのだが、その軌道に乗るまでが難しい…。

 

ちなみに、うまくいっている例としてあげた町内会は、毎年町内の子ども達を集めて川魚の放流というイベントを続けている。

もちろん子どもがメインなのだが、そこには親もついてくるわけで、そこで親との接点を作っているそうだ。

子どもをエサに親を釣り上げるという、放流してるんだか釣ってるんだかよくわからないけど、そんなシステム。

また、子どもの頃のそういった地域での体験は後々まで覚えているもので、大人になってから地元に戻ってきて地元のために何かする…といったことがあるかもしれない。

鮭がふるさとの川に遡上するように。

 

ちょっとのアイディア次第なのですが、それを考えるのが難しい…。

札幌の片田舎で“まちづくり”を考える

「まちづくり」を仕事にしています。

と言うと、街を作る=シムシティのようなハード面のことと思われがちですが、町内会や地域コミュニティーといったソフト面の整備などを主にやってます。

その中で感じたことをつらつらと書き殴っていこうと思うわけですが。

といっても、専門的に“研究”をしているわけではないので、難しい事は知りませんし、根拠もへったくれもありません。

そーゆーのは大学の先生とかに任せるとして、僕の場合は札幌市の片田舎という「ごく狭いエリア」で「肌で感じたこと」を元に書いていきます。

 

あ、しりとりタイトルはもうやめます。

 

60歳で若手、90歳でも現役

僕がこの世界に足を踏み入れたのは、10年ほど前。

まず初めに驚いたのが、コミュニティーを構成している人の年齢層。

「定年退職して時間ができたし、地域のことでもやるか」って方が多いので60歳でも“若手”と言われる。

しかし、どの団体も役員のなり手不足というのが課題となっているので、一度なったら辞められない…で、90歳でも“現役”。

いま話題となっている「高齢者は75歳以上」というのがまかり通って雇用だなんだってのが底上げされると、75歳で若手と言われるようになるのかも。

 

青年部と言われる中年はどこいった

僕の中で「まちおこし」と言うと、どっかの田舎で村まつりをやるべ!つって、これらを取り仕切るのが「青年部」という名の40~50歳代の脂ぎったオッサン達というイメージがあるのだが、僕の地域の各種団体には「青年部」というのがない。

町内会でも商店街でも、脂の乗った脂ぎったオッサン達が活躍していないのだ。

僕の関わっている神社の役員もそんな状況だったので、僕はハタチの時に「青年部」と名乗ることにした。

いずれ50歳代くらいまでの人が入りやすいように、と思って10年。

いまだ僕と数名の20~30代しかいないのである。

 

テキトーな考察。

踏んだり蹴ったり

踏んだり蹴ったり という言葉があります。

踏んだり蹴ったり
【読み】 ふんだりけったり
【意味】 踏んだり蹴ったりとは、重ね重ねひどい目にあうことのたとえ。また、何度もひどい目にあうことのたとえ。

 

そもそも、それって「踏まれたり蹴られたり」じゃねーの?って思ってるのは僕だけじゃないはず。

とかく日本語は時代と共に変化や省略されていくので、「踏んだり蹴ったり」の方が言いやすいんじゃね?とか そーゆーこと?って。

 

とにかく、踏まれたり蹴られたり…

僕なら絶対に嫌です。

確かに“何度もひどい目にあうこと”に違いありません。

 

でも、ですよ?

これが仮に「ドM」の人だったらどうでしょう。。

 

わざわざお金を払ってでもそーゆーお店に行く方もいらっしゃるくらいですから、踏まれたり蹴られたりというのは“ラッキーなこと”なのではないか?と。

なんだか“至れり尽くせり”と同義語になっちゃいましたね。

 

逆に、踏んだり蹴ったりしている人はきっとドSの人でしょうから、これも悪いことではないですよね。

 

あ、もしかして"Win-Win”の語源ってこれ!?

という、くだらないことを学生の時にふと考えたことがあります。

 

一般的な語源

いま改めて語源について調べてみるとこんな説がありました。

戦国時代に、あるモノを、誤って踏んだり蹴ったりしてしまった武士が、織田信長切腹を命じられるという事件があった。
 南蛮渡来のものが好きだった織田信長はその武士に「珍しい紅茶の茶葉の塊を踏み、さらに蹴るとは何事ぞ」と烈火の如く怒鳴りつけたといわれている。
 このとき、この武士は「私も紅茶を楽しみにしていたのに踏んだり蹴ったりで切腹とは散々だ」と時世の句を残し、ここから悪いことが重なることを「踏んだり蹴ったり」というようになった。 

 

なるほど、これは確かに「踏んだり蹴ったり」しちゃってひどい目に遭ってますね。

踏んだり蹴ったりした挙句、怒鳴られたり腹切ったり。

 

まさに

 

なんて日だ!

 

って状況ですね。

 

この踏んだり蹴ったりの武士の子孫が、バイキング小峠だとか違うとか…。

 

 

信じるか信じないかはあなた次第です。

 

なんでもかんでも燃やせばいいと思いやがって。

どんど焼き

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地元の神社のどんど焼きの手伝いに行ってきました。

毎年ものすごい量の注連縄やらお飾りやらお札やらお守りやら。

普段ならお札やお守りは間違っても踏んだり粗末に扱うなんてありえませんが、この日ばかりはそんなの気にしてらんないってくらい。

 

プレハブ1棟に山積みになったこれらを運び出し、どんどん火に放り込んでいきます。

藁が多いので火の勢いがすごく、近づくだけでかなり熱い。

どんどん燃やしていきますと燃えカスというか灰が山になるので、混ぜてやることで空気を入れて更に燃やしながら投げ込む場所を作るわけですが、この作業が地獄です。

地獄です、というのは比喩表現じゃなくて、あの熱はたぶん本物の地獄。

 

前に手伝いに行ったときには、長~い鉄の棒を使ってこの作業をしていたのですが、今回はなぜかレーキが1本。

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柄の長さ、1.5mくらい。

みじけーって。

 

ヒットアンドアウェー方式で立ち向かうのですが、熱すぎて数秒も火の前には立っていられず、作業効率が悪いわけです。

そこで、竹の棒とジョイントして長くしよう!と知恵を働かせるわけですよ。

 

僕の大好きな「鉄腕DASH」だとここで開拓の必需品「番線」が出てきて、山口くんがクイクイっとねじって、よーしできたーってなるんでしょうけど、まず番線なんてその辺にないですから。

ようやく見つけてきたのがビニール紐。

いや、こころもとねー、つって。

 

確かに作業自体は捗りましたが、紐が溶けて火の中にレーキを落としてしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤでした。

表面はこんがりアツアツでしたけど。

 

燃やせないもの

最近は少し改善されてきましたけど、お飾りだとかお札以外の物も多く入ってます。

これ単なる燃えるゴミじゃないの?ってものもありました。

写真とか手紙とか何となく意味深なものも。

 

人形とかぬいぐるみもやめましょう。

気持ちはわからないでもないですが、塩で清めてゴミに出すとかお焚き上げをお願いするだとかしてください。

髪の長い日本人形やかわいいうさぎのぬいぐるみが火だるまになっていく様は、見ていてかなり怖かったです←。

 

それから、けっこー多いのが鏡餅

中身入ったままってのも結構ありました。

 

結果、こうなります。

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食べ頃だね、つって。

このあとスタッフが美味しくいただきました、つって。

んなわけあるか。

 

持ってくるときは紙袋で

持ち込む際にはビニール袋ではなく紙袋をオススメします。

うちみたいな小さな神社だと役員の人手が足りないのでわざわざビニール袋から出して…なんて手のかかること出来っこありません。

そのままボンボン投げ入れます。

 

煙にあたって無病息災・五穀豊穣を願ってなんて言いますけど、ダイオキシンとかそーゆーのもいっぱい出てそうです。

めっちゃ吸い込んじゃってますけど、僕だいじょうぶですか?

 

せっかくなので食べるもの焼きたい

僕が産まれた本州の地域では、どんど焼きのときに枝に差した団子を焼いていた記憶があります。

今日テレビではスルメを枝に吊るして集まるって地域もありました。

せっかくだから何か食べたいですね。

単純に焼き芋でもいいですし、ワイルドに肉とかもいいですよね。

そーゆー風習にならないかなー。

 

って、思ったからとかでは全くないのですが、この日の晩は家族で焼肉を食べに行きました。

やっぱ肉食うなら炭で焼くほうがいいわ。